8月13日、姉の由衣と私は、母が暮らしていた山あいの家へ戻った。母が亡くんでから8か月、家は空いたままだった。翌週には不動産屋が買い手を連れてくる。盆が終わったら、残っている家具を処分することになっていた。
台所の柱に、母の字で紙が貼ってあった。古い買い物メモの裏だった。そこには「水筒を満たす」「蓄音機を縁側へ」「竹馬は門の内側」「蚊取り線香を2巻」「石榴は割らない」と書いてあった。
由衣は紙を読んで、「最後だけ命令が強い」と言った。
この家では、盆の入りに妙な支度をする習慣があった。子どものころは理由を聞いても、母は「帰ってくる人は道具がないと困るから」としか言わなかった。何がどこから帰るのか、最後まで説明しなかった。
売る家にまで律儀にやる必要はない、と由衣は言った。それでも私たちは、結局メモの順番どおりに動いた。空の水筒に台所の水を入れ、押し入れから蓄音機を出し、軒下に立てかけてあった竹馬を門の内側へ移した。蚊取り線香は縁側の両端で火をつけた。
庭の石榴は、実を7つつけていた。1つだけ大きく裂けかけていたが、由衣は手を伸ばしてやめた。「割らない、だからね」と言った。母の命令は、死んでから少し効き目が増していた。
夕方、向かいの家の小学生が2人、門の外に来た。竹馬を見て、「今年も出すんですね」と言う。由衣が「これ、何に使うか知ってる?」と聞くと、2人は首を振った。「でも借りちゃだめって言われてる」。村じゅうで、説明だけが抜けたまま伝わっているらしかった。
日が山の向こうへ落ちるころ、蓄音機が勝手に回り始めた。レコードは載せていない。針だけが空の盤をなぞり、しばらく砂をこするような音を立てた。
それから母の声がした。
「その水筒、井戸の水じゃないでしょう」
由衣は私を見た。私は水筒を見た。母は生前、客に出す麦茶より井戸水の温度にうるさい人だった。驚くより先に、叱られた感じがした。
私たちは庭の井戸まで行き、水筒の水を入れ替えた。戻ると蓄音機は黙っていた。代わりに門の外で、竹馬の木が地面を打つ音がした。さっきの子どもたちではない。暗がりに人影は見えないのに、コツ、コツ、と2本分の足音だけが坂を上がってきた。
蚊取り線香の煙が門の方へ流れた。すると蓄音機から、今度は祖母の笑い声が短く出た。続いて父の咳払い、幼いころの由衣の泣き声、私が誰かに謝っている声。どれも数秒で切れ、何を言っているのかまでは分からない。家の中に残っていた音が、順番を間違えて外へ出ていくようだった。
由衣は縁側に座り、「私、この家を売るの、ずっと悪いことみたいに思ってた」と言った。管理できない。冬は雪が重い。仕事も暮らしも遠くにある。それでも売却の書類を見るたび、母をもう1度追い出すような気がしたという。
蓄音機が少しだけ鳴った。母の声だった。
「石榴は売っていいよ。根は勝手に残るから」
由衣は吹き出した。「そこ、土地ごと売るんだけど」。蓄音機は答えなかった。門の外の竹馬の音も、いつの間にか聞こえなくなっていた。
翌朝、不動産屋から電話があり、買い手は庭木をなるべく残したいと言っている、と知らされた。由衣は石榴のことだけ伝えてください、と頼んだ。理由は説明しなかった。説明しても、たぶん役には立たない。
帰る前、私たちは蓄音機を箱へ戻した。水筒は空にし、蚊取り線香の灰を捨て、竹馬をまた軒下へ立てた。石榴は割らなかった。門を閉めるとき、由衣が庭を振り返り、「来年、勝手にやってくれるかな」と言った。
私は「根が勝手に残るなら、たぶん」と答えた。
