9月の終わり、測量士の久我と島の案内人・野々村は、干潮のあいだだけ入れる海食洞の奥で古い測点を探していた。午後3時20分、沖で急に風向きが変わり、入口へ戻る通路に波が入り始めた。来るとき膝までだった水は、もう腰の高さに達していた。
野々村は時計を見て、戻るのをやめた。「次の引き波を待つより、上へ抜ける穴を探した方がいい」。この洞窟には昔、採石場の作業路が山側へ通じていたという話がある。ただし図面は残っていない。携帯電話は圏外だった。
2人は荷物を床へ広げた。測量用の温度計、昼食のスプーン、野々村の小さな手鏡、万能ナイフに付いた栓抜き。それから、港の売店で子どもにもらった紙風船が1つ。役に立ちそうなものは、それで全部だった。
久我は紙風船を半分だけ膨らませ、糸を結んで持ち上げた。洞窟の空気はほとんど動いていない。それでも右の枝道へ近づけると、紙風船がわずかに山側へ引かれた。
風がある。
右の通路は40センチほどの幅まで狭まり、やがて2本に分かれた。久我は温度計を交互に差し入れた。海側は17.7度、左は17.9度、右は18.4度。外気がどこかから混じっているなら、温かい方だと野々村は言った。
2人は右へ進んだ。天井は低くなり、最後は腹ばいになった。野々村が足を滑らせ、右足首を岩にぶつけた。歩けないほどではないが、速くは動けない。背後からは、波が石を転がす音が近づいてきた。
通路の先は錆びた鉄板で塞がれていた。四隅は泥に埋まり、取っ手もない。久我はスプーンで下端の泥をかき出した。銀色の縁が少しずつ現れ、その中央に指1本分の隙間ができた。
野々村は万能ナイフの栓抜きを差し込んだ。栓を抜くための曲がった金具が、ここではちょうど鉤になった。2人で交互に力をかけると、鉄板は低い音を立てて手前へ倒れた。
向こうには細い縦穴があった。古い足場の跡をたどって3メートルほど登ると、岩壁の上部に横長の割れ目が見えた。外の光が入っている。しかし人が通れる幅ではない。
久我は割れ目から海を見た。入り江の外に、島の巡回船らしい白い船体が小さく動いていた。声は波音に消える距離だった。
野々村が手鏡を渡した。久我は割れ目の光を拾い、鏡を少しずつ傾けた。白い光が洞窟の壁を走り、外へ飛んだ。3回。間を置いて、また3回。
巡回船はそのまま進んだ。
久我がもう1度鏡を構えたとき、足元の紙風船が風にさらわれた。縦穴を上がり、割れ目に引っかかり、赤と白の丸い模様だけが外へ半分飛び出した。数秒後、沖の船が向きを変えた。今度は間違いなく入り江へ近づいてきた。
救助隊が上からロープを下ろしたのは午後4時18分だった。野々村を先に上げ、久我が最後に洞窟を出た。入口の下では、さっきまで歩いていた通路が完全に海の中へ消えていた。
港へ戻る船の甲板で、久我は濡れた紙風船を膝の上に置いた。空気はほとんど抜けていた。それでも風が吹くたび、つぶれた紙が小さく持ち上がった。出口を見つけたのは自分たちではなく、最後まで風の方だったような気がした。
