No.56|北は3秒だけ上を向く

丘の上の古い給水塔は、翌朝9時に解体される予定だった。水が抜かれてから8年。錆びた梯子と丸いタンクだけが町を見下ろし、夜になると風の音を集めていた。

ところが6日前から、午前2時13分になると、塔の内部で低い音が3回鳴るようになった。毎晩まったく同じ間隔だった。管理会社は風だと言ったが、保守員の原田は納得しなかった。

原田は家庭用の体重計と、車に積んでいた方位磁針を持ち込んだ。音が鳴る瞬間だけ、体重は71.4キロから71.1キロへ落ち、方位磁針は北から12度だけ東へずれた。3秒後には、どちらも元へ戻った。

風ではなかった。

原田の車にはトランペットも積んであった。夜勤のあと、市民楽団の練習へ行くためだった。塔の3つの音をスマートフォンのチューナーで拾うと、音程は毎晩同じだった。

解体前の最後の夜、原田は塔の古い水位計もつないだ。端子の留め金が壊れていたので、工具箱に入っていた洗濯ばさみで導線を挟んだ。表示は0メートル。タンクは当然、空だった。

午前2時13分、最初の音が鳴った。

3音が終わると、原田はトランペットを構え、同じ音を同じ間隔で返した。

給水塔は4秒黙った。

それから、今までなかった4つ目の音を足して答えた。

体重計の表示が70.8キロまで落ちた。原田が方位磁針を手に取ると、針は北を探すのをやめた。磁石の入ったケースを垂直に起こすと、針は空へ向いた。

3秒だけだった。

同時に、水位計の数字が0から36メートルまで上がった。原田はタンクを叩いた。中は空洞の音がした。洗濯ばさみを外すと表示は消え、挟み直すとまた36メートルになった。

朝8時50分、解体業者が来た。原田は記録を見せたが、監督は「夜中の機械は信用しない」と笑った。それでも安全確認のため、クレーンの荷重計と方位計を1度だけ試すことになった。

鋼索が給水塔に触れた瞬間、クレーンの方位表示が北を失った。荷重計は何も吊っていないのにマイナス18キロを示した。

解体は延期された。作業日報の理由欄には「計測機器の異常」とだけ書かれた。原田は訂正しなかった。

翌日の午前2時13分、原田はもう1度丘へ上がった。給水塔は鳴らなかった。代わりに、雲のない空のどこか高いところから、あの4つの音がゆっくり降りてきた。足元の方位磁針は、3秒だけ上を向いた。

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