No.43|八番目の拍手

午前1時18分、廃止された気象観測用の人工衛星「K-12」から、研究所の受信機に1枚の静止画が届いた。K-12は11年前に電源を失い、現在は軌道上の金属塊として登録されている。なのに画像には、山頂観測所の制御室が写っていた。

天井近くから見下ろした構図だった。制御室にその位置のカメラはない。

画像の時刻は午前1時25分。7分先だった。

倉橋は冗談だと思い、画面に30センチの定規を当てた。机と窓枠の比率を測る。歪みはほとんどない。藤田は「誰かが館内カメラを合成したんでしょう」と言ったが、画像の隅に赤い消火器が横倒しになっていた。実物は入口脇の金具に掛かっている。

その隣には、まだ届いていない夜食のたこ焼きの紙箱があった。

午前1時22分、麓の警備員がたこ焼きを持ってきた。発注したのは藤田で、倉橋は知らなかった。紙箱の蓋には油が半月形に染みていた。画像の染みと同じ向きだった。

午前1時25分、地震でもないのに消火器の金具が外れた。赤い筒が床を転がり、画像と同じ位置で止まった。

藤田は笑わなくなった。

次の静止画は午前1時32分を示していた。机の上に30センチの定規が置かれ、中央で折れている。その上に薄紫の押し花が1枚載っていた。

押し花は倉橋の観測手帳に挟んであるものだった。娘が小学校の自由研究で作ったスミレで、11年のあいだ、誰にも見せていない。

倉橋は手帳を鍵付きの引き出しに入れ、定規を窓から外へ投げた。藤田は消火器を倉庫へ運び、たこ焼きの箱を潰してゴミ袋に入れた。2人で確認した。机の上には何もない。

午前1時32分、受信機の裏で乾いた音がした。

床に30センチの定規が落ちていた。中央からきれいに折れている。窓の外へ投げたものと同じメーカー名、同じ傷。引き出しは施錠されたままだったが、折れた定規の上には薄紫の押し花があった。

倉橋は受信機の主電源を切った。

画面は暗くなった。

暗い画面の中央に、3枚目の画像だけが浮かび上がった。

時刻は午前1時39分。制御室には誰もいない。消火器は元の金具に戻り、たこ焼きの箱は開いた状態で机に置かれ、押し花はキーボードのHとJの間に挟まっていた。折れた定規だけが床を指していた。

いや、指しているのは床ではなかった。

倉橋は画像を拡大した。定規の先、机の下に、白い指が4本見えていた。人の手なら、親指があるはずの側が逆だった。

藤田が「出ましょう」と言った。

2人は廊下へ出て、防火扉を閉めた。午前1時39分まで残り2分。階段を下り、外気に触れたところで、藤田のスマートフォンが鳴った。観測所の受信ソフトから転送通知が来ていた。

4枚目の画像。

時刻は午前1時46分。今度は観測所の外、駐車場を真上から撮った写真だった。2人の車が写っている。助手席の窓に、薄紫の押し花が1枚ずつ貼りついていた。

空を見上げても、人工衛星は見えない。見えるはずもない。

倉橋はスマートフォンの画面に定規を当てようとして、手元に定規がないことを思い出した。そのとき、防火扉の向こうで、何か固いものが床を転がった。消火器に似た音だった。

続いて、継電器が乾いた音を8回鳴らした。

5枚目の受信通知は来なかった。

しかし午前1時46分になるまで、2人とも自分の車には近づかなかった。

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