No.39|水星は改札を通れない

午前6時12分になると、駅は1度だけ海底になる。天井の蛍光灯には薄い藻が生え、改札は銀色の鰓で呼吸している。私は金魚鉢を両腕で抱えていたが、中に入っているのは水ではなく木曜日だった。

木曜日は透明なので、駅員は気づかなかった。

耳鳴りがしていた。キーン、という普通の耳鳴りではない。「3番線に昨日が到着します」という女の声だった。私はホームを見たが、線路の上には細長い廊下が1本横たわり、その先で知らない家族が夕食を食べていた。

味噌汁の湯気だけが電車の形をしていた。

改札機に切符を入れると、水星が出てきた。直径3センチほどの水星はまだ熱く、表面では小さな嵐がぐるぐる回っている。駅員は「それは乗車券ではありません」と言ったあと、自分の帽子を脱いで水星にかぶせた。

帽子は燃えず、代わりに駅員の名字だけが焦げた。

階段を下りるたび、ポケットの砂糖が1粒ずつ増えた。白い砂糖、青い砂糖、まだ誰にも発見されていない色の砂糖。10段目で振り返ると、階段はもう上へ続いておらず、巨大な舌になっていた。舌は眠っていたので、私は静かに靴を脱いだ。

金魚鉢の中の木曜日が、急に夕方になった。鉢の内側だけ夕焼けが満ち、遠くで犬が1匹、水平線を折りたたんでいる。

私は指を入れてみた。指先だけが27歳になり、昔住んでいたアパートの鍵を握って戻ってきた。そんな鍵は捨てたはずだった。

ホームのベンチには、顔のない老婆が座っていた。老婆は砂糖を耳に詰めながら、「耳鳴りには出口があるのよ」と教えてくれた。その直後、私の右耳から小さな改札がせり出した。豆粒ほどの人々が次々にそこを通過し、全員が私に向かって会釈した。

やがて電車らしいものが来た。車輪はなく、窓だけが連なって移動していた。窓の中には水星の砂漠、冷蔵庫の裏側、私がまだ言っていない嘘、10年後に割れる皿などが順番に映った。

乗ろうとしたが、ドアがない。代わりに「思い出してください」と書かれた穴が空いていた。

私は穴を通らず、金魚鉢を床に置いた。すると駅全体が鉢の中へ吸い込まれた。改札も、老婆も、窓だけの電車も、3番線の昨日も、すべて小さくなって透明な壁の向こう側へ沈んだ。最後に耳鳴りだけが残り、それはしばらく空中で震えてから、砂糖のように床へ落ちた。

気づくと私は駅の外に立っていた。電車には1度も乗っていない。腕の中の金魚鉢は空だった。しかし底には、濡れた改札鋏と、帽子をかぶった小さな水星が転がっていた。

水星は私を見ると、非常に小さな声で「金曜日です」と言った。

その瞬間、耳鳴りが止まった。代わりに口の中が少し甘くなった。私は砂糖を食べた覚えがなかったので、そのことだけは忘れないようにした。

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