市役所人事課は、来月から昇進意欲をグラムで管理することにした。意欲は胃の上部に蓄積し、課長職を強く望む者ほど胃もたれとして自覚される、という庁内調査の結果による。調査は職員食堂の券売機横で3日間行われ、反対意見はすべて「測定前の水分摂取」として処理された。
測定日は毎週火曜日である。午前11時45分、対象職員には豆腐半丁が支給される。豆腐は野心を刺激せず、かつ完全な無欲にも分類されないため、基準食として都合がよい。醤油は小さじ1杯まで認められるが、薬味は自己演出に該当するため禁止された。
12時30分になると、職員は地下会議室の「意欲計」に腹部を当てる。120グラム未満は現状維持、120以上280未満は係長候補、280以上は管理職候補である。
400グラムを超える場合は、本人の希望にかかわらず研修講師に回される。誰かが責任を取らなければならないからだ。
測定票は左上をホチキスで1回だけ留める。2回留めると意欲が二重に見えるため、不正申告となる。
去年、企画課の三浦が4回留めて部長級を申請したが、実際には胃薬を飲んでいたことが判明し、現在は公用車の鍵を数える部署にいる。
鍵は1日67本ある。数は毎日同じである。
制度開始後、市役所の昼食は急に重くなった。カツ丼の大盛りが売り切れ、唐揚げには「次長向け」という札がついた。食堂は善意でやっていると言った。人事課も同意した。
善意は予算科目がないので、だいたい何をしてもよい。
最も困ったのは胃もたれのない職員だった。仕事が速く、残業もせず、上司にも必要なことしか言わない者ほど数値が低かった。
そこで各課は、会議を午後4時50分に設定し、結論を出さないまま1時間延長する方法を採用した。これにより平均意欲は37グラム増加した。
ただし夕立の日は注意が必要である。湿度が70パーセントを超えると、意欲計は人間の野心と大気中の水分を区別できなくなる。昨年の試験運用では、雷が鳴った瞬間に税務課全員が局長級となった。翌朝には元に戻ったが、名刺を刷ってしまった2名については経費上の理由から肩書きを3週間だけ維持した。
そのため、夕立の予報が出た日は測定を延期することになった。ところが延期が続くと昇進の審査も止まる。職員たちは天気予報を見るたびに、雨を嫌うのか期待するのか分からない顔をした。
傘立てだけがよく売れた。市役所は傘を売っていない。
総務課の岸は、毎回ほぼゼロだった。豆腐を食べてもゼロ、カツ丼を追加しても8グラム。
課長が心配して「出世したくないのか」と尋ねると、岸は「給料が上がるならしたいです」と答えた。人事課はこの発言を危険視した。動機が金銭だけでは、制度の理念が保てない。
翌週、岸の測定票だけホチキスが留まっていなかった。担当者が留め忘れたのである。規程では、留められていない意欲は庁外へ流出したものとみなす。岸はゼロからさらに12グラムを失い、帳簿上はマイナス12グラムとなった。
人事課は緊急会議を開いた。マイナスの昇進意欲を持つ者は前例がない。辞職させるべきだという意見も出たが、それでは数値がさらに減る恐れがある。
最終的に、「制度を客観視できる唯一の職員」として岸を意欲管理室長に任命する案が全会一致で可決された。
任命通知を受け取った岸は、午後の豆腐を半分残した。その日は遠くで夕立が降っていたが、市役所の窓までは濡れなかった。
新しい名刺には「意欲管理室長」と印刷され、その下に小さく、測定値マイナス12グラムと記載された。岸は名刺を財布に入れ、胃薬だけ机の上に置いて帰った。


